東京高等裁判所 昭和25年(う)2942号 判決
検察官の控訴趣意書の要旨は原審が被告人加藤栄造同杉本隆幸に対してなした判決は、法令の解釈を誤り、適用すべき法令を適用せず、不当に無罪を言渡した違法があるというである。
仍て按ずるに、臨時物資需給調整法は物資の需給が逼迫している戦後の経済危機を克服する目的で、臨時緊急の措置として、産業の回復及び振興に関し経済安定本部総裁が定める基本的政策及び計画の実施を確保するため、主務大臣に対し同総裁の同意を得て同総裁の定める方策に基く物資の割当、配給、使用の制限又は禁止、譲渡、引渡等の事項に関して、必要な命令を発する権限を与え、この命令は同様の条件の下にある者には差別なく適用されるものとしていることは、同法の規定から明らかなところである。しかして指定生産資材割当規則は同法に基き制定された命令であつて、同法の目的を達するため特に重要な生産資材を指定するとともに、その割当、配給、譲渡の制限等を規定し、その統制に奉仕するものであることも争ないところである。同規則第八条及び第九条は、相まつて指定生産資材の譲渡し及び譲受けの方式を規整し、原則としていわゆる割当証明書の記載するところに従い、かつこれと引換でなければその受授を禁ずるものである。また同規則第十七条は、物資の所管官庁は供給の特に不足する指定生産資材につき生産業者販売業者その他の者に対しその譲渡又は出荷を強制することができる旨を定め、一方同じく臨時物資需給調整法に基き制定せられた過剰物資等在庫活用規則はいわゆる不正保有物資過剰物資等につきその捕捉活用を図つているのである。従つてこれらの諸法規は相まつて、いやしくもわが統治権の及ぶ限り指定生産資材の割当及び配給は産業の回復及び振興のためこれを政府の統制に服せしめ、正規の配給系路を逸脱し若しくは当初から政府の計画にのせられないいわゆるルート外物資といえども、所定の方式によらないではその受授を禁ぜられ、いずれかの段階においてこれを政府の統制下に捕捉回復せしめられることを担保するものといえよう。
この意味で前記指定生産資材割当規則第九条は割当証明書なくしてはいわゆるルート外物資の譲受けを許すものではないと解するのを相当とする。
しかしながら、本件被告人加藤栄造同杉本隆幸の譲受けたトタン板は相被告人小田野隆二らの窃取した連合国占領軍の財産であること、記録上明らかであつて、所論もこれを肯定するところである。現に占領軍の所属財産たる物資は、わが統治権の範囲外であつて前記の如き臨時物資需給調整法の対象に属しないことは多言を俟たないところである。しかしてそれが公けに認められた方式によつて政府若しくは民間に放出せられた場合は格別、不法にその管理を逸脱した物資は、何人もその所持を禁止せられ、常に占領軍の管理に回復せらるべきことが要求せられているのであつて、従つてかゝる物資がいかに転輾流通してもその所持者は常に所有権を取得するに由なく、依然として占領軍の所有たることを失うものではないといわなければならぬ。今日かゝる占領軍の所属財産たる物資が、窃取その他によつて不法にその管理を逸脱し、取引市場に隠顕する例が存することはこれを肯認し得るところであるが、これを捕捉活用してわが産業の回復及び振興に資せしめることは、事の性質上なし能わぬところであり、わが方としては速かにこれを把握して占領軍の管理に回復するの外はなく、それには自ら方途の存するものがある。
その際当該物資の占領軍財産たることが識別し難いことは固より事実証明の難易に関することであつて、その物の客観的性質を変ずるものでなく、これは敢えてかゝる事例のみに止まらない。その故を以つて前記統制法令を適用すべしとするのは本末をあやまるものである。即ち不法にその管理を逸脱した占領軍の所属財産についてはわが臨時物資需給調整法及びこれに基く命令の適用はないものといわなければならぬ。されば本件被告人加藤杉本らの譲受けた物資は、本来臨時物資需給調整法及びこれに基く指定生産資材割当規則の適用を受けないものであるから同被告人らが同規則第九条所定の割当証明書と引換えることなく譲受けたことは、何ら同法に違反するものではなく、同被告人らの所為は同法の違反としては罪とならないものである。原判決の無罪理由の後段は首肯し難いことは前記説示により明らかであるけれども、その前段は当裁判所の右見解と同趣旨であり、原審が結局において右被告人両名に対して無罪の言渡をなしたのは相当である。検察官の論旨は理由がない。